マクガフィンの意味がマジでよくわかる話
ストーリーの用語でマクガフィンという言葉があります。
ちょっと中二的な響きがあってカッコいいこの言葉、アルフレッド・ヒッチコックという映画の巨匠が使ったことで有名です。
あちこちで説明がなされていますが、おそらく「よくわからない」というのが大半ではないでしょうか?
詳しくはウィキペディアでも見てもらえば十分ですので、ここではマクガフィンを簡単に理解できるように解説して行きたいと思います。そして創作においてどのように向き合えばよいのか、説明して行ます!
マクガフィンとは
さて、まずはマクガフィンが通常どのように説明されているか、簡単に見ておきましょう。
わかりにくいので、わかりにくいということだけ理解していただければと思います。
ヒッチコック大監督「スパイとかが砦の地図を盗むことが話のポイントになってるんだけど、この地図を盗むことをマクガフィンていってるわけ。そんだけ(超約)」
さて、わかったようなわからないような・・・というのが正直なところではないでしょうか。
上記から察すると「マクガフィンとは物語の目的になる出来事」のようです。
(アイテムや人物も含まれます。というか実際はアイテムのことが多いです)
では、ここから一気に理解を深めましょう。
私は今回マクガフィンを説明するために、
何が一番わかりやすい例かなと考えたり、探してみたのですが、ありました。
超有名で、誰でも知っているであろうマクガフィンが!
この、現代日本における、最大のマクガフィンの名前をお伝えすれば、きっとピンと来るはず。
いきますよ、
漫画ワンピースにおける「ワンピース」はマクガフィンである。
どん!と背景に入れたいところです。笑
ワンピースの主人公たちは海賊王の宝を求めて旅をしています。
この海賊王の宝がワンピース(ひとつなぎの秘宝)であり、物語の目的となるアイテムなのです。
さて、ここからがポイントです。
私たち読者は現時点で、ワンピースが何なのかを知りません。
きっと物語の最後の方でワンピースが何なのか提示されると思いますが、それが何であっても、ここまでの物語に支障はありません。
つまり、極論してしまうと「ワンピースはなんでもいい」のです。
もちろん、ワンピースがただの金塊だったら、がっかりする読者は多いでしょう。
その正体は誰もが知りたいところですが、でも、それが明かされるまで、ワンピースはストーリーには何ら影響がありません。
たとえその正体ががっかりするものだったとしても、そこから先は嫌いになったり面白くなくなるかもしれませんが、それまでのストーリーの面白さは変わらない。
つまり「ワンピースは何でもいい」のです。シュレディンガーの猫みたい笑
まとめると、
「物語を進めるためのアイテムであり、物語が進みさえすれば何でもいいアイテム(超約)」がマクガフィンなのです。
もう少し厳密に言えば「物語を進めるためのアイテムであり、代替(他のアイテムに取り換え)が可能なもの」がマクガフィンになります。
マクガフィンの見分け方
マクガフィンは「他のアイム代替できる」のが特徴ですので、物語の目的になっているものを取り換えてみて、
取り換え可能であれば、それがマクガフィンということになります。
チルチルとミチルは青い鳥を探して・・・→赤い鳥でもいい。青い鳥はマクガフィン!
桃太郎は鬼ヶ島を目指して・・・→悪魔城でもいい。悪魔城モモタロウ!!
ルークはデススターの地図を手に入れて・・・→地図は鍵でもいい。地図はマクガフィン!
ゴーテルは光る花を手に入れて永遠の若さを・・・→光る大根でもいい。光る花はマクガフィン!
物語にはたくさんのマクガフィンがあふれています。
なぜこんなに難しい印象なのか
さて、マクガフィン自体は、わかってしまえばそんなに難しくない概念だと感じたのではないでしょうか。
この用語をめぐる話をややこしくしている理由は
「マクガフィンという用語」の定義の話と、「マクガフィンをどのように扱うべきなのか」という2つの話が混ざっているからです。
先に登場したヒッチコックは「ストーリー自体に面白さがあるので、目的となるアイテムは割とどうでもいい(超約)」ということを言っています。
ワンピースが、金塊だろうと、友情だろうと、その他であろうとどっちでもいいし、
チルチルミチルが探すのは青い鳥でなくて、黄金の鳥でもいいし、青い亀でもいい。
というのです。
私もそう説明しました。
でも、よく考えてください。青い鳥が赤い亀だったら、作品の雰囲気が変わってきてしまいませんか?
鳥という儚げな動物、青という幻想的な色、それがあって青い鳥が成立しているのです。ワンピースだって金塊だったら嫌です。
そもそも創作者たるもの、細かい一つ一つのアイテムにも気を配るのが普通です。しかし、なぜヒッチコックはそう言ったのでしょうか。
それは彼の職業にあるのではないか、と私は思います。
映画監督には、スポンサーや、プロデューサーがいます。スポンサーとは、映画を作るお金を出す人。
プロデューサーとは、そのお金を預かって監督を指名する人です。彼らは監督よりも偉い、強い立場にあります。
ヒッチコックはこうも言っています。
「偉い人はマクガフィンなんかに気をとられる(超約)」
プロデューサーやスポンサーは「青い鳥なんてやだ、金の鳥の方が派手でいい!」なんてことを言ってくるものなのです。
(あなたが社会人ならばよくわかるかもしれません。偉い人というのはどうでもよい注文をしてくるものです)
彼らは創作者ではないので、話の筋に口出しできるほどの知識も技術もなく、目についたアイテムについて注文を付けるわけです。それが権利と言わんばかりに!
そんなとき「いや、ぜったい青い鳥じゃなきゃだめ!」と反発する人もいると思いますが、
大人なヒッチコックは「ふーん、そんなの何でもいいよ。変更してやんよ、マクガフィンだし。(でも話の筋には口出すなよ)」と言う訳です。
つまり、偉い人というのは「ジオングに足がないのが理解できない」し「ラピュタの金塊に目を奪われてしまう」わけで、大人の「いなし」として「そんなのマクガフィンだかんね!どうでもいいんだかんね!(最悪脚つけてやってもいいし、金塊はくれてやる、しかし根幹はゆずれない。うかつに拒否して根幹に触れられるよりはしっぽを切る)」という風にやるわけなのです。
このニュアンスがマクガフィンの本質です。これが理解できればマクガフィンについての理解は100%です。
※意味とニュアンスは上記の通りですが、ヒッチコック先生が本当にそのように思っていたかは知りませんので悪しからず。
マクガフィンにもこだわろう
ということで、マクガフィンについて、理解ができたかと思います。
これを読んだあなたが創作する側だったとしたら、代替可能といっても物語を飾るパーツの一つですから、ぜひ大事に選定してください。
青い鳥と黄金の鳥では、物語における効果は同じだとしてもだいぶ印象が違います。
ヒッチコックのように偉い人がいる場合を除いて、創作者の皆さんはマクガフィンにもこだわってゆくことをおすすめします。私の作品にマクガフィンはない、そう言えるのが究極の目標ではないでしょうか。